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中国に魅せられちゃったのよ

結婚式と入院を経験!(6)


● 華東医院雑記

 当たり前のことだが上海での入院は、日本のそれとは全く違う体験であった。以下、細かいことになるけれど、驚いたことや、日本との相違点を挙げていこうと思う。

① 外国人用のフロアにもかかわらず、英語を話せるのは一部のお医者さんしか居ないこと。もちろん日本語が話せる人なんて皆無だった。
② お見舞いのお花の色彩が派手な原色ばっかりだったこと。女の子の買ってきてくれるものはそうでもないけど、男の人は花選びをお店の人にお任せした結果、そうなってしまうようだ。その花束の中に刺さっている真っ赤な名刺みたいなカードに「祝nin早日恢復健康」と金文字で書いてある。センスのいいお花もいいけれど、この極彩色のカードにも曰く言い難い愛着を感じて、記念に日本へ持って帰ってしまった。
③ 24時間何時でもお見舞いOK! これにはびっくりした。しかもエレベーターガールならぬエレベーターおじさん(またはおばさん)が常駐しているのである。冷房も無いのに…さぞかし辛い仕事に違いない。ちなみに、一番遅い時間のお見舞いは、なんと夜中の1時であった。
④ 病室の評価も人それぞれであった。インドネシアンの女の子の友人は「彼女はすごく悲惨な病室に入院してるの。かわいそう」と言っていたらしいが、他の友達は「立派な部屋じゃなーい!」と驚いていた。「中国の人だったらこんなイイ部屋に一人で入れないよ!」とも。そうなんだろうか。そして日本人の某友人は私の病院食を見て(たまたまその日は頭付きの蒸し海老だった)「私よりいいもの食べてるっ!」…おいおい、君は普段どんな食生活を送ってるんだー?!
⑤ 看護婦さんがみんな純情そうで、生真面目だったこと。日本に帰って再入院した先の看護婦さんなどとは比較にならない。口数も少なく(といっても私が喋れないからでもあるが)、点滴が終わったら素早くやってきてチャチャっと仕事する。「謝謝」と言うと「不用謝ッ!」と答えるが早いか、踵を返してカツカツと部屋を出て行く。最初は恐かったけれど、よく見るとみんな私よりずっと年下の可愛い女の子で、基本的にノーメイクだったのにお肌はつやつや、目はキラキラだった。「お話したいな~」と思いはすれど、痛みの残る頭で気の利いた話題など、まして私の語学力で伝えようがない。それでも「これは何?」「薬は食後?」などとコミュニケーションを試みる。すると、「あっ、ちょっとは喋れるのか」と思われてしまい、がーーーーっと中国語の説明が続く。嬉しいけど…折角説明してくれているのに…「対不起。不明白…」ってな感じで、わからないのである。情けない。後で聞いたら私の中国人の友人に「交通大学で留学してるって聞いたのに、全然喋れないじゃないのー」と言われていたらしい。だ、だって1週間しかいなかったんだもーん (汗)。

● 退院! そして即帰国!

 症状も大方治まってきた頃である。数回お会いしたことがある「友人の友人」の上海人の方に、入院のことを知らせようかどうか悩んでいた。まだ友達っていうほど仲が良い訳ではないけれど、黙っているのも何だなぁ、と思い、結局、退院の数日前に電話した。
 すると「なんでもっと早く知らせてくれなかったんだ!」と受話器の向こうで言ったが早いか、当日夜の11時頃、家族総出でお見舞いに来てくれた。その後もピータン粥や野菜饅頭や、いろんな差し入れを毎日持ってきてくれ、本当に感激した。
 退院したらタクシーで空港に行こうと思っていたのだが、「車を出すから無理しないで乗っていけ」とも言ってくださる。渡りに舟というか、人の情けが身に染みるというか、これは中国の人に限ったことではないのだけれど、本当に本当に色々な人にお世話になってしまった。有難いことである。
 退院の日は、結局その方の車で虹橋空港へ向かい、チェックインの手前までは保険会社の方に荷物を持っていただいて、UAのビジネスで帰国した。「中国なんてもう懲り懲りだ」とは微塵も思わず、「今度は、上海でお世話になった方々にお礼をしに来よう!」と堅く決意しながら…。
 そして日本で再入院して、安静期間が終わった次の月。日本のお土産を山ほど持って、本当に行ってきた。交通大学の友人から「普通の人なら二度と来ないのに…あんたはすごい」と言われつつ(←もうホメ言葉にしか聞こえていない)。その時の事も機会があれば、書きます。では皆さんも健康にはお気をつけて!

(この項おわり)
 


高橋留美



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