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● 上海から北京へ小旅行
ちょうど同じ頃、愛知大学の現代中国語学科の講師・学生の方々が、約二十日間の日程で、北京に調査旅行に来ていた。その中に私の知人も2人ばかりおり「遊びに来ませんか」というお言葉をいただいたので、これ幸いと土日を利用して北京に行ってみることにする。上海は7回目のくせに、北京には行ったことがなかったのである。
中国人の友人に協力してもらって北京行きのチケットを購入し、何とか飛行機に乗り込むことができた。機内では、上海で一人旅をしていた女の子に借りた「地球の歩き方・中国編」の北京のページを研究。上海でタクシーに乗る時もそうなのだけれど、この時も機内で隣に座った中国人の人々に話し掛けたくてしょうがなかった。覚えたての中国語を見知らぬ人に対して通じるかどうか使ってみたいのである。結局何かのはずみで話しはじめた。相手は日本語・英語とも全く通じない中国人の冴えないおじさん(失礼)3人連れである。
「北京の人ですか?」
「いや、上海で仕事をしていて、北京には出張で1週間行ってくるのだ」
「そうなんですかー」
「日本人? 中国語話せるの?」
「いやいや~以前復旦大学でちょっとかじっただけで」
「おぉ~。北京へは旅行? 日程が合えば夕ご飯でも食べに行かない?」
「残念ですが友達を訪ねに北京に行くだけなんで、明日には上海に戻るんですよ」
「じゃあ我々が上海に戻ったら一緒に夕ご飯を食べよう。これが携帯番号だから」
…と書くといかにも会話しているようだが、実は相手の喋っていることの半分くらいしか分からず、冷や汗だくだくなんである。
などとやっているとあっという間に北京空港へ到着。機内で「このバスに乗りたいんですよね~」と隣の人にガイドブックを見せて話していたら、思いがけなくも乗り場まで連れて行ってくれ、バスの料金まで出してもらった。「そんな、そんな」と恐縮する私に彼らは「我不要零銭。在上海見面!」「謝謝、謝謝! 再見!」とまあ、心温まるふれあいがあり、「北京も良いところなのかもしれない…」とほのぼのとした気持ちで愛知大学の面々のいる西三環路へ向かうことができた。
中国でも上海しか知らない私は「早く市内に着かないかな~…まだまだ道路広いし、空港の近くなんだろうなぁ」と思っていたら、その広い道路・広い空・排気ガスで冴えない色彩の道の外れがバスの終点だったのには驚いた。にょきにょき高層ビルが建ちそびえる上海とはえらい違いだ。しかも、そこからタクシーに乗るはずが、たまに走ってくるのがぼろぼろの車しかない。首都なのに、なんか田舎っぽいなぁと思いつつ、意を決して乗車する(でも運転手さんは怪しい外見に反して、素朴なイイ人だった)。
愛知大学の面々は、北京の中でも西の外れに位置する「中国工運学院学員公寓」に宿泊していた。私も一晩その寮に泊めていただく。いろいろ廻ろうと思っていたけれど、移動だけで何だか疲れてしまったので、夕方まで一休み。夜は講師の先生方や学生の友人と、少数民族料理を食べに行く。雲南の方の民族料理だったようで、美しい衣装に、珍しい料理、お酒が面白い。しまいには踊りの輪の中にも入ってしまった。その後渋いジャズバーへ連れて行っていただき「北京にもこんなところがあるんだなぁ」とアイリッシュコーヒーでほろ酔いになった頭で、上海とは全く違う広い道路に佇みつつ考えた。
翌日、知人の講師の方が天安門広場・故宮へ案内して下さった。広い広い空の下、ばーんとおわします毛沢東の肖像。その光景はテレビや雑誌などでおなじみのものではあったが、やはり実物は巨大で圧倒された。そして故宮の黄色い屋根、屋根。土日だったせいか人出も多かったような気がする。昼に四川料理を食べて、一旦寮の部屋へ戻った。
●突然、頭痛がーっ…!
「短かったけど、ちょっとは北京の雰囲気を味わえたかな」と思いつつ荷物をまとめていると、ふいに鈍い頭痛が襲ってきた。「なんだなんだ? 疲れてるのかな? でも寝てりゃ治るか…」としばし横になるが、一向に治まらない。貧乏性の私はバスで空港にいくつもりだったが、友達が心配して「タクシーで空港に行った方がいいよ」と送り出してくれた。空港に着くまでの数十分、頭痛はひどくなるばかり。やっとの思いで辿り着き、航空会社のカウンターに並ぶ。頭痛はもはや鈍くなく、ひどくズキズキして、チェックイン待ちの行列の中でひとり座り込んでしまった。すると周りの中国人の人々が何人も(ここら
辺が日本人のメンタリティーと違うなぁと思った)「大丈夫か」「荷物を持とう」などとしきりに心配してくれて、搭乗まで付き添っていただいた。私はお礼を言いたかったのだけれど、痛みがひどくて笑顔も作れず、小声で「謝謝…」と呟くのが精一杯だった。
機内でも「早く上海に着きますように…」との願いも空しく、だんだん吐き気を催してきて、大変辛い状況に陥ってしまった。シートにうずくまり、おそらく顔色も真っ青だったのだろう、隣にいた中国人女性の方が「上海空港には誰か迎えに来るの?」と尋ねてきた。「いえ、ひとりで交通大学の寮に帰るんです」と答えたら、どうやら(ずきずきする頭で聞いた中国語によると)彼女の友達が空港に車で迎えに来るので、交通大学まで乗せていってくれると言ってくれているようだ。「そんなご迷惑をお掛けするのは心苦しいです」と日本でなら言えただろうけれど、意識が朦朧として訳が分からなかったので、何も言えずじまいだった。周りの乗客も心配してくれたようで「その子は大丈夫なのか」「私が車で送っていくから大丈夫よ」などというニュアンスの会話も聞こえてくる。嗚呼、中国人は親切だなぁ…とぼんやりと思いながら、半死半生の体で上海空港へ到着。腕を支えられて車へ乗り込む。やはりかぼそく「謝謝」と言うのが精一杯で、情けなかった。ようやく交大が見えてきて「あ~、やっと着いた…何とお礼をしよう…」と思っていたところで、日本語を喋れる若い女性が車に乗り込んできた。機内で隣に座っていた女性
の妹さんで、日系企業に勤めている人だそうだ。
「今日はこのまま帰すのは心配です。華東医院というところで外国人の救急受付をしてくれますからそこへ行きましょう」と、病院へ連れて行ってくれることになった。有難くて涙が出そうだったが、吐き気をこらえつつ「本当にありがとうございます…」と呟くことしか出来なかった。時刻は夜の10時半、見知らぬ恩人の車は凸凹道を華東医院に向かって、フルスピードで走っていた。
高橋留美
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