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1999年1月1日
実に渋い年明けを迎えてしまった。曇っていたので初日の出も見られなかった。そして今日は元旦
早々、景徳鎮から南昌へバスで移動するのである。
駅の時刻表によると運行は一時間に一本、250キロの道のりで、4時間半で到着することになってい
る。切符は50元、うち2元は保険だそうである。「何で保険がいるんだろう?」と、その時は不思議に
思ったが、やがて身をもって理由を知らしめられた…。長距離だから大きなバスだとばかり思っていた
ら、あにはからんや、20人強で一杯になってしまうような、実に小さくてぼろいバスだった。私達は
ちゃんと正規の乗り場から切符を買って乗り込んだけど、現地の人は長距離バスなのにまるで乗り合いバ
スみたいな感覚らしく、その辺の道から通行人が「幾らだ?」なんて交渉をして乗り込んで来るのには
びっくりした。その分はまるまる運ちゃんの収入になるのだろうか…。
「高速道路があるといいですね」なんて出発の時には言っていたけれど、甘かった。高速どころか、景
徳鎮を離れたとたん、舗装されている道路が殆どなくなってしまった。それほどスピードが出ているとも
思えないのに、揺れる揺れる。「早く舗装された道路に戻って欲しいな」と思っていたら、それまでの
ジャリ道から、岩肌もあらわな工事中の路面へと状況が悪化し、それからはもう「揺れる」ではなく「跳
ね」ながらの走行であった。全身をガッツンガッツン、バスの座席や天井や窓に叩き付けられること数時
間。「ジャリ道でいいから戻って欲しいよう」と、だんだん要求の仕切りが低くなっていく。マジで鞭打
ちになりそうだったこの時ばかりは保険に入って本当に良かったと思った。
当然予定通りの4時間では到着しない。ところどころで休憩をはさみつつ、ゆっくりとバスは走る。休
憩中にどこからともなくサトウキビ売りのおばちゃんがバスの周りに集まってきた。誰か買う人いるのか
な~と思っていたら、隣のおじさんが1本購入して、ガリガリ、ペッとやりはじめた。足元にサトウキビ
の皮の山が…。隣のおじさんだけではなく、カップ麺を食べていた前の座席の人も、食べ終えたら殻を
スープごと窓の外へ「ポイッ」。モラルの違いではなく、文化の違いなのだろうけれど、なんだかすごい
な。
道なき路を6時間走って、ようやく南昌に到着。予想をはるかに越えて、大きな街だった。道路もちゃ
んとしていて、フォードからホンダまで、車の看板がやたら目に付く。建物などもやたら巨大で色がくす
んでいて、街全体に社会主義的な雰囲気を濃厚に醸し出している。それもそのはず、ここ南昌は「南昌八
一起議」という歴史的な事件の舞台となった街であり、人民解放軍発祥の地なのだそうである。バスを降
りてタクシーでホテルへ向かう途中、大きな広場があり、その中心には毛沢東の肖像画がどおぉーんと掲
げられていた。T氏はそれを見て「今時こんな風景は珍しいですよ!」と驚いていた。
翻って、私が驚いたのはホテルである。街外れの湖のほとりにある「南昌五湖大酒店」は4つ星だった
が、今までの経験から全く期待していなかった。ところが! 着いてびっくり大きなホテルで、中も明る
く広々していて、従業員の感じもとても良かった。これなら上海の5つ星にもひけはとらない(宿泊客の
姿は無くガラガラだったけれど)。窓から見える湖の景色も最高だった。
チェックインしたのは夕方4時頃。T氏は南昌の街を見に行くということだったが、私はバスで疲れて
体がバキバキだったので、部屋で休ませていただいた。夕食をホテル内のレストランでとりながら徘徊の
成果を聞いてみると「省都だけあって人も多いし、大きな街だったけれど、さすがにケンタッキーやマク
ドナルドはまだ無かった」「武漢や長沙の方が発展した街ですね」との事である。更に「女子中学生が
『お父さんが病気です』という看板を首から下げていたので、思わず100元寄付をしてきてしまいまし
た」という。「新年早々良いことをしてきましたね」「いやあ、たとえウソでも1月2日から寒い道端に
制服姿で立っていただけで、寄付する価値があると思ったので」「『突如、足長おじさん現る』ですね」
「100元あげたらさすがにびっくりしていましたよ」…。この辺りの人々の月収は大体300元位だと
聞いているので、100元といえばかなりの大金のはずだ。
次の日に時間があれば少し見て廻りたいと思ったが、ボロバスで6時間跳ねた影響か、体の節々が痛く
て眠れそうになかった。
1月2日
南昌から上海へ帰る飛行機はお昼頃だったので、空港へ向かう途中、「南昌八一起議記念館」というい
かにも退屈そうな記念館に「何事も経験だから」と入ってみた。これが意外にも、面白いところだった。
おそらくは政治的配慮によるものだろうが、展示がとてもちゃんとしている。人民解放軍の歴史にはとん
と興味のなかった私も、周恩来の使っていた毛布を見たり、トウ小平の若かりし頃の写真を見たり、江沢
民の書を眺めたりと、結構楽しめた。特筆すべきは入り口に記念写真屋さんがあった事である。人民解放
軍の制服を貸してくれて、ポラロイド写真を撮ってくれるのだ(15元)。なぜか非常に心惹かれるもの
があり、思い切ってトライしてみた。「撮影部」のおばちゃんはがぜん張り切って準備をしてくれ、三つ
編みの付け毛をくっつけて、帽子を被せてくれ、「手は腰に」「前髪は下ろして」「胸を反らせすぎる
な」「そんなに目を見開かなくても良い」等々、サービス精神からなのかやたら注文が多い。だんだん見
物人が集まってきて「日本小姐が制服を着て写真を撮っているぞ」などと言っている。同行T氏には大ウ
ケで、他のカメラでも写真をいっぱい撮ってくれた。少し恥ずかしかったけれど、正月2日からこんな格
好をしているなんて、非常に「思想的に正しい」日本人になったような気がして、楽しかった。
さて、ようやく地方視察の旅も終わりである。黄山に来た時と同様に、非常に簡素な南昌空港。でもも
う慣れたもの。飛行機って、何て快適な乗り物なんだろう…と来た時の不安はどこへやら。やっと上海へ
戻れるんだ、と安堵の溜め息をつく。思えば、上海が恋しくなった時もあり、日本が恋しくなった時も
あったけれど、どこに行っても新しい発見があり、世界の広さを感じたり、その度にいろいろな事を考え
ることができて、本当に良かった。私のお気に入りの真っ赤なコートは、何となく黒ずんでしまったけれ
ど。それでもひとまわり人として成長したような気がする、というと大袈裟かも知れない。だって上海に
戻ってあまりの都会ぶりに「目がチカチカする」「頭がクラクラする」などと言いつつ私達が一番にした
ことは、淮海路のマクドナルドでチーズバーガーを食べることだったのだから…。
(おしまい)
高橋留美
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