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上海蟹大辞典

7.天下一の蟹の町「巴城」


 
 春秋戦国時代、呉王、の王は、南方の越国および北方の楚に従属する淮河の異民族の侵入を防ぐため、陽澄湖一帯に相城・度城・武城・雉城など12の都市を築いた。その中に巴城―今日の昆山市のひとつの街が含まれる。
 それより2000年前(いまから約4000年前)、長江流域の文明が盛んに発展を遂げている頃、稀に見る大洪水が起こったといわれている。伝説では、禹王の治水工事はここまできて、想像を超える新たな艱難辛苦を乗り越え、水害のための整備が多大な効果をもたらした。禹王は、当地で彼の治水工事を補助した解という名の役人を巴王に任じた。
 時は春秋戦国時代に至り、この地の人口は次第に密集していった。農業および商業は迅速に発達し、水産物取引を特色とする町を形成した。町の名は巴城、これは巴王の名からつけられたものだ。それから今に至るまで、巴城はすでに2500年の歴史を有する。
 今日、巴城は陽澄湖の上海蟹でさらに有名になり、「天下第一の蟹の町」と称えられている。
 張家港と楊林塘の二つの大きな川が交わる場所に位置する巴城は、陽澄湖・巴城湖・鰻?湖・傀儡湖・雉城湖など多くの湖に囲まれている。風光明媚、物産は豊富で、何年もの間ずっとシナモクズガニの集散地となっている。毎年実りの秋になると四方八方から人々が次から次へとこの地にやってきて、蟹を品定めして買い、情報を交換し、古い町である巴城は大変な熱気と繁栄を見せる。「蟹を食べたければ、巴城に行け」は、早くから人々の共通の認識となっている。
 実際、20世紀の20~30年代、巴城の上海蟹は上海を風靡した。当時上海の多くの豪華レストランが、すべて巴城の“毛”印の蟹を指定して買いたがった。
 というのも、当時巴城には義隆魚行という会社があり、社長は姓を毛、幼名を阿四といった。彼は貧しい出で、民国15年(西暦1926年)、妻の母親から、上海の同順泰魚行のために水産物を買い付けていた小さな魚屋の経営を引き継いだ。三年後独立して、義隆魚行の看板を掲げた。毛阿四は経営の才があった。彼はすぐに上海呉順源魚行の社長と共同出資して氷工場を建設し、小さな汽船も買った。こうして水産物の鮮度が長期に保てるようになり、運送能力も増大した。魚の取引規模は絶え間なく拡大し、買い付け範囲も遠く呉県の常熟と昆山の多くの町にまで広がった。
 毎年秋が来ると、陽澄湖の上海蟹が市場に出る。すなわち義隆魚行のもっとも忙しい季節である。毎日買い付けるシナモクズガニの量は4-5トンにのぼる。念入りに選別したあと、等級に分けて蟹のかごに入れ込む。蟹かごのふたには赤い塗料で“毛”の字が書かれ、等級と重量が明示してある。“毛”印の蟹の質は最上で、上海で愛顧されている。毎日早朝“毛”印の蟹が届くと、市場の中でにわかに人が集まり、熱のこもった駆け引きが行われるそして、多くの大飯店は特に陽澄湖の上海蟹を広告塔にしてお客を呼び集めていた。
 当時の上海漁商は、飛行機で香港マカオなどの地区へ運び、さらに多くの利潤を上げていた。彼らはもっとも早く巴城を知った人々である。
 民国元年、北京に施今墨という名医がいた。彼は医術に優れていただけでなく、蟹を食べるのが大好きな食いしん坊でもあった。毎年秋になると彼は必ず南に下って医者をした。まず蘇州にきて、病人の治療をしながら、陽澄湖の上海蟹を吟味した。彼は蟹を食べる方面で多くの研究をしており、特に各地生産のシナモクズガニを六段階に分け、段階をさらに二等級に分別した。彼の分別法によると、一等は湖蟹で、陽澄湖と嘉興湖生産の蟹が一級、邵伯湖・高郵湖生産の蟹が二級である。二等は江蟹で、蕪湖蟹が一級、九江蟹が二級。三等は河蟹で、清水河が一級、渾水河が二級。四等は渓蟹で、五等は溝蟹、六等が海蟹である。
 施今墨は、海蟹にもおいしいものがあると評価していた。たとえば福州の海蟹は、次内河の水から流出するものだが、品質は抜群で、四等に並びいれてもよい。彼はこれらのシナモクズガニを戯れに官界の役人として称していた。一等を特任官、二等を簡任官、三等を荐任官、四等を委任官。さらに続けて、下っ端の胡麻緑豆官にいたると、とても格好悪くなってしまう。
 彼は、すべてのシナモクズガニの中で、陽澄湖の上海蟹を一等一級の最初に並べており、それはちょうど天下の優秀者中でトップをとるようなものだ。
 近年来、巴城の町の党委員会と政府は、陽澄湖に近いという自然の素晴らしさを利用して、観光業の発展に力を注いでいる。世界的に有名な上海蟹をもって、南北を行き来する無数の客をひきつけ、観光業を、第三次産業および農・副・工業の牽引車とし、町の面目を一新させようとしている。とりわけ美しい風光に恵まれている陽澄湖休暇地は、すでに省レベルの旅行休暇地となっている。休暇地区内では、水に面して作られた旅行施設がたくさんあり、人々に遊びふけって帰るのを忘れさせる。さらに蟹味館・湖心島・蟹仙楼など、多くの専門に正統な陽澄湖の上海蟹を提供するレストランも開設された。
 
 毎年黄金の秋十月になると、人々は上海・南京線沿いの各都市からわざわざ駆けつけてきて、ごちそうをいっぱい食べる。また台湾・香港・マカオや東南アジアの各国から飛行機で飛んできて、湖水を眺め、湖に隣接した大上海ゴルフ場でゴルフをした後、陽澄湖の上海蟹を楽しみ、人生のもっともすばらしい享楽のひとつとする人も少なくない。
 
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