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ある日こんな質問を受けた。 「古くから親しまれている、上海人愛用のグッズって何?」-- 頭をひねるも行き着くのはせいぜい「上海蟹」か「五香豆」だ。 例えば日本になら、食の面をひとつとっても「焼き魚向けの網」があったり、「ホームたこ焼き器」があったりと、日本文化を反映した日本独特のグッズは枚挙にいとまがない。お隣り韓国には「沸騰する洗濯機」だとか「キムチ専用冷蔵庫」など、民族性色濃い家電製品があるらしい。だが、ここ上海で、上海文化を反映したような「上海グッズ」は、これまでついぞ見たことがない。 中国沿海部の大都市、上海。ここ1~2年で遂げた変化は著しい。何しろ、今ではほとんど日本と変わらない生活を送ることができるようになったのだから。瞬く間に国際都市に脱皮した上海は、輸入物が増え、外国ブランドが生産され、物質的には「ないものはない」という時代を迎えた。 改革解放の始まった20年前はカラーテレビすらなかった。それこそ冷蔵庫、洗濯機などが普及したのも80年代の終わり頃、つい最近のことだと思うと、この急激な変化はすさまじい。中国人は家電製品への思い入れが強いとよくいわれたもので、かつて日本から帰国する出稼ぎ労働者は何が何でも日本の家電製品を持って帰ってきた。最近はどこの家庭にもCDラジカセある、ウォークマンある、VCDがある、パソコンやマイカーの普及ももう目前だ。 さらに開放政策で外資がどんどん参入したきたとあって、市場は外国ブランドで溢れ返っている。やはり中国人にとっても外国ブランドはひとつのステイタスだ。ちょっとした金持ちとなると国産モノは見向きもしない。庶民の買い換え需要をくすぐるのも、やはり純国産では難しいといったところか。 厳しい競争にさらされ上海市内の純国産家電メーカーは、すでに倒産したところあり、統合されたところありと、生き残るにはなかなか厳しい環境になってきている。 こうした「外国ブランド信仰」は何も家電製品に限った話ではない。食べ物からファッション、自動車に至るまで、人気をさらうのはいつも外国ブランドだ。 ところで、一昔前、上海の革靴と言えば、全国的に有名だった。運動靴では「遠足」「回力」は若者の憧れ、誰もがこれら上海メイドの靴をほしがったという。しかし今では「NIKE」や「adidas」が完全に天下を取っている。上海の製靴産業もまた倒産したところも少なくないし、工場移転で中心部から郊外に転居させられたところも多い。 今年の梅雨の大雨はひとつのエピソードを生んだ。 ちょっとした雨なら革靴でもサッサと出掛ける上海人だったが、この長雨で誰もが限界を感じ、長靴を求めた。ところが長靴を売ってる店がない。ようやく見つけたのは色気のない真っ黒の長靴。上海ではその需要を満たすため、急遽「外地」からカラフルな長靴を緊急輸送したとの話である。 こんな風にして「かつてあった上海っ子自慢」がどんどん姿を消していくのだった。 そんな上海人、彼らの生活の中に「メイドイン上海」のこだわりがあるものかどうか。「喜新厭旧」(古きを捨て新しきを歓迎するという意)という言葉があるように、スイスイと鞍替えするのがお得意な上海人にとっては、これはなかなか答えに窮する質問だ。 ケンタッキー、マクドナルドとファストフード文化を吸収し、パン・ケーキの味が定着、さらにUCC、真鍋珈琲などのコーヒー文化が根付いた上海。90年代もいよいよクライマックスを迎える上海では、「食」はますます百花繚乱になっていく。 それでもやっぱり中国人の胃袋は正直、行き着くところは民族の味なのか?西欧化が進む現代の食にあって、これぞ究極の『上海老品牌』が静かなブームになっている。言ってみれば老品牌はまさに「眠れる獅子」、むしろ最近の上海人にとっては一種の新鮮感を与えるのだろう、忘れられてた隙間産業として、復活の兆しさえある。 例えば、「杏花楼」と聞けばあの名だたる「行列」を思い出す。何を隠そう、ここは148年来の老舗、月餅の「杏花楼」なのだ。 杏花楼企業股分有限公司率いる「杏花楼」、ここの月餅は91年の時点で月産50万キロ(=500トン)あった。その当時もファンが殺到、2400平米の生産工場では需要に追いつかなかったという。98年には5500平米の工場で月産売上げ1.5億元に、その後も躍進は続き、浦東にも数カ所工場を持つようになった。90年代はことに西洋菓子との闘いだったが、「伝統」を守り、現在では中華民族の誇りとして市民のハートに深く根を張るようになったと言う。「杏花楼」の月餅は特別な人への贈り物として誰しもが買い求める逸品だ。特に結婚を決めようとするカップル、男性はその相手のお母さんにここの月餅を送らなければならないという習わしは今でも健在だ。 こうしたスィート系では「大白兔」という飴も「老品牌」のひとつだ。ウサギ印の「大白兔」は、これまた上海では老舗級の飴で、四方から攻めてくるカラフルな新顔に混じって、地味ながらも健闘している。よくよく見たら『太』白兔だったというトラブルも昨年はかなり頻発した。「ジャー的(ニセモノ)」が出ること自体、それが売れ筋だという証明みたいなものだが。 一方で、民間薬といえば「梨膏糖」。上海では昔から「ゴホンと言ったら梨膏糖」と相場が決まっていたらしい。口に含めばイッパツで咳が止まるという優れモノとして、今でも愛用者は多い。 こうした薬系ではさらに龍虎印の「清涼油」が有名だ。昔から上海っ子には欠かせない常備薬のひとつだと言う。北京土産として人気のある「天壇牌」の清涼油も、実は上海中華製薬廠が生産地だったのだ。なにしろ、設立は1911年と古い。国が誇るトップ製薬会社であるほか、「東洋の秘薬」として国外にも知られ、海外70カ所に販売拠点を持っている。 一方、中高年層がこよなく愛する「人参」、いわゆる朝鮮人参は中国人の健康食品として代表的なものだ。乾燥した人参を薄くスライス、それを湯の中に入れ、その湯を飲む。上海人はこうした高価な健康食品を好んでいるが、しかし多くが韓国産。高級なものになるとアメリカからの輸入品ということになり、そこには「メイド・イン・シャンハイ」の影はない。 変化の速い上海で、「上海人の、上海人による、上海人のための商品」を求めて彷徨うも、結果は「意外にない」ということだった。今後は「老品牌」の復活に期待をかけたいところだ。
(北倉亜沙) |