|
さて、その誰もが知っている「太陽広場(虹橋)」。
在上海の日本人の方は勿論ですが、上海の中国人の間でも抜群の知名度を誇るエピソードを持っている事を、果たして皆さんご存知でしょうか?
何を隠そう、この太陽広場、土地所有権買い取りにより建てられた大型ビルの中国第一号の建築プロジェクトだったのです。
1987年に同プロジェクトが発足、土地所有権買い取り第一号として上海だけでなく、中国の各メディアから一斉に注目を浴びました。
その後、太陽広場プロジェクトは1990年まで開発が進められていたのですが、同年に諸処の理由から、残念ながら計画が頓挫、一時中断となってしまったのです。
じゃ今ある太陽広場はどうして?!とお思いでしょう?
太陽広場の本当のエピソードは、ここから始まります。
1990年に一時中断とされたプロジェクトは、そのまま3年の間、開発途中のまま止まってしまいました。しかし1993年、当時上海市長を務めいてた朱
鎔基(現・中国国務院委員長)が、「中国第一号の計画である太陽広場プロジェクトを、このまま放置して見過ごすわけにはいかない。中国のメンツにかけても最大限の支援をし、何としてでも成功させよう!」と大号令を発したのです。
そして太陽広場プロジェクトは「中国」という大きなバックアップを受け再出発、様々な困難を乗り越え、1995年、堂々と完成にいたったのでした。
というように、現在の姿からは想像も出来ないような苦難苦闘のエピソードを持つ太陽広場。開発中に、その進行状況が逐一メディアに取り上げられていた為、上海でその名を知らぬ者はない?!と言えるほどの知名度がある訳なのです。
|