上海エクスプローラー
(本稿は1998年に掲載されました)

プロの観光案内 上海のデパート

   現在の上海は対外開放を背景とした「デパート競争の時代」に突入した観がありますが、これは、歴史的にみれば上海市での2度目の「デパート競争の時代」にあたります。2度目の「デパート競争の時代」は、1910年代末から1930年代にかけて南京路(現在南京東路)で"ビッグ4"と呼ばれたデパートが覇を競った時代にあたります。
   今回はこれら往時の"ビッグ4"に焦点をあててご紹介していきたいと思います。
   ビッグ4"とは、開店順に
先施公司:店舗は現在の上海時装公司、東亜飯店等が入っているビル
永安公司:     〃     華聯商厦及び東隣の七重天賓館
新新公司:     〃     上海市第―食品商店
大新公司:     〃     上海市第一百貨商店
となります。それでは、順番にご紹介させていただきます。

<先施公司>

   南京東路と浙江中路の北西側に位置し、現在では"上海時装公司"や"東亜飯店"等の看板がかかる古典的様式のビルが上海最初の近代的デパート"先施公司"の店舗です。先施公司は、もともとは1900年に香港で設立された会社で英文名は"The SINCERE Co. Ltd."、一般には「シンシア」と呼ばれています。この建物は同公司の上海進出にあたって建設されたもので、1917年10月20日に開店しています。鉄筋コンクリート造りの7階建てで、屋上の東南角には現在も三層の塔がそびえ立っていますが、これはほぼ建設当時のままの姿をとどめています。設計は、外灘の旧"ノース・チャイナ・デイリー・ニュース&ヘラルド社"(現桂林大厦)、旧"臺湾銀行"(現上海市工芸品進出口公司)等の古典主義様式の建物を手がけたレスター・ジョンソン&モリス事務所となっています。
   先施の開店は、上海の商業界に大きな革新をもたらしたとされています。例えば、それ以前の上海の商店は、いずれも専門店ばかりで総合小売店といったものはなく、また、値段も店員との交渉で決まっていましたが、先施は総合的な品揃えと価格を明示しての正札販売という新しい商法を導入しています。また、女性の店員を置いたのも上海では初めてだったそうです。更に新たな点としては、同じ建物の中に、店舗だけでなく"東亜酒店"というホテルとレストランが併設されていたことがあげられます。
   先施は、他のデパートと同様に第2次世界大戦、中華人民共和国の成立の歴史のなかで上海を去ることになりますが、香港でその後もデパート事業を続けており、現在ではセントラル徳輔道(Des Voeux Road)の本店のほか、九龍サイドに3店を構えています。また、「帯来今日流行、喚起昨天温馨」とのコピーのもと上海南京東路にカムバックし、店舗をオープンさせたことは皆様ご承知のとおりです。

〈永安公司〉

   旧先施公司と南京路をはさんで反対側に約1年遅れて1918年9月5日に開店したのが永安公司です。永安は香港で1907年に創業された公司で、英文名は"The WING ON STORE "で、「ウィンオン」と呼ばれていました。
   開店当初の店舗は、現在"華聯商厦"となっている6階建ての古典的様式の建物です。設計は、旧香港上海銀行上海支店(前上海市人民政府)、旧サッスーン・ハウス(現和平飯店北楼)、旧グローヴナー・ハウス(現錦江飯店中楼)等上海に残る数多くの近代建築の設計者であるパーマー&ターナー事務所によるものです。現在では、壁面に反射ガラスがはめ込まれる等の手が入っており、建設当初とは大分異なるイメージになっていますが、南京路側の屋上中央部に立つ3層の塔は、ほぼ原形をとどめているようです。
   永安の営業方針は、売り場の並べ方や店員の対応、ホテル(欧米式の大東ホテル)やレストラン(大東酒楼)を併設する点など先施の路線を踏襲するものであったとされています。ただ、初めての試みとして、屋上に"大韵楼"と名付けた娯楽施設を設けています。永安は、先施に比べて店内が広く明るいうえに内装も豪華であったため開店当初から売上で先施を上回ったとのことです。
   尚、華聯商厦の東隣、空中の渡り廊下で結ばれている現在の七重天賓館(1階が華僑商店となっている建物)は、1933年に永安のアネックスとして建てられたものです。この建物は、フランス人建築家エリオット・ハザードの設計による19階(一部22階)建てのもので、戦前の上海では旧パークホテル(現国際飯店)に次ぐ2番目の高さを誇っていました。1階から5階までは永安の店舗として用いられ、それ以上の階は貸ビルとなっていました。7階には"七重天酒楼"という上海随一のバーがおかれていましたが、現在の「七重天賓館」の名は、これにちなんだものと考えられます。現在の永安は、香港セントラル徳輔道に本店を置くほか、香港全域に140店舗を展開していて、香港系として最大手にランクされるデパートとなっております。

〈新新公司〉

   新新公司(英文名"The SUN SUN Co. Ltd."「サンサン」)は先施の西隣に現在上海市第一食品商店となっている店舗を1926年1月23日にオープンさせています。先施に遅れること8年余ですが、C.H.ゴンダの設計による6階建ての建物は前の2公司と同様な古典様式を採用しています。南京路に面した屋上中央部にはやはり塔を配していましたが、現在では方型の2層の台座部分が残るのみです。1930年代の写真を見るとこの上に更に2層の円型台座と尖塔があり、先施、永安の塔にくらべ、ひときわ高いものとなっていました。
    営業的にも正札販売、ホテル・レストランや屋上の娯楽施設の併設など先の2公司の方針を踏襲していますが、これは、1920年代にはこのようなデパー卜商法が上海で広く受け入れられていたことを示すものと言えるでしょう。なお、新新は現在ではデパート事業者としては残っていないようです。

〈大新公司〉

   大新公司(英文名"The SUN Co. Ltd."「ザ・サン」)は、1934年に南京路と虞治卿路(現西蔵中路)の交差点の北東の角地に1936年1月10日にオープンしています。現在上海市第一百貨商店となっているこの建物は年代が新しいことから、先の3公司のものとは大分様式が異なっています。中国人建築家(米国帰りの關頒聲らによって興された基泰工程公司)による設計で、様式的にはアール・デコに属します。このため、屋上には塔は無く側面も曲面と幾何学的な線でまとめられています。現在の外観は、看板類が取り付けられていること、リング状歩道橋との接続口が開けられていることを除けば、ほぼ建設当時の姿をとどめています。
   営業面では、前の3公司と大差ないオーソドックスなものだったそうですが、中国では初めての設備として、1階と3階の売り場を結ぶエスカレーターが設置されました。このエスカレーターは以前の観光案内書に"木製の有料エスカレーター"として紹介されていたものではないかと思われますが、今では通常のものに取り替えられています。なお、大新も新新同様に現在ではデパート業者としては残っていないようです。

   ビッグ4の由来をザッとご紹介させていただきましたが、当時の上海には大きな市場があり、消費経済の基盤が形成されていたことを改めて認識しました。以上何かのお役に立てば幸いです。


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