| TOP/エクスプロア中国トラベル/内蒙古的大草原的旅日記/その4の上<フイタンシールー草原> |
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大自然に抱かれながら |
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昼食が終わったところで、白さんから次のような提案があった。 「これから馬に乗りたい人はひとり1時間50元で乗れます。ゆっくりしたい人はパオで休んでください」
次の日には戻らないといけないマークといずみちゃんは乗馬を選択。私は来るときに見た風力発電用の風車が見たくて、歩いて近くまでいくことにしたのだが、M君も「食後の運動にいいかもしれない」といって一緒に行くことになった。
★歴史のなぞ パオを離れて間もなく、かすかな響きではあるが、向こうのパオから何やら男性の歌声が聞こえてきた。透き通った空気を突きぬけるような見事な歌声だ。 エスニック系の歌も大好きなM君は、もうそれだけでウキウキしている。突然、大きな声を張り上げる始末。でも、その気持ちはよくわかる。これだけの大地で大空に向かってありったけの大声を出す―――まさに気分そう快だ。 そういえば、お昼時に白さんが説明していた。 モンゴル人の歌には、大好きなお父さんやお母さんをたたえる歌がいっぱいあるんです」 たぶん、さっきの歌人も広大な草原に向かって両親をたたえる歌を歌っていたに違いない。親を思う気持ちの強いモンゴルに、何か健全なものを感じる。 目指す風車はまだ見えてこない。 乾いた大地に生える草は8月末ともなるとだいぶ短くなり、色も少しずつ黄色くなり始めているようだ。ひょっとすると、これがモンゴルの短い秋の始まりなのかもしれない。風がときより冷たい空気を運んできてくれる。 草原を一歩一歩味わうようにして歩きつづける間、かの昔、モンゴル人がこの草原をかけぬけ、中国からヨーロッパの一部にまで伸びる大帝国を築いたことに思いをはせる。おそらく、ジンギスカンやフビライの時代にも、同じ風景が広がっていたに違いない。 ガイドの白さんに会った最初の日、歴史好きのM君がたずねたことを思い出した。 「白さん、モンゴルが国として統一されたのはいつ頃で、その前はどうなっていたんですか?」 「モンゴル人は各コミュニティごとに小さな集団をつくって生活していました。ジンギスカンのとき、それが初めて統一されました」 「なぜ、突然、ジンギスカンの時代にモンゴルが統一されることになったのか。その背景にはどのような要因があったのか…」 残念ながら、白さんからその答えは聞けなかったが、実に興味をそそる歴史上のなぞのひとつといえよう。 そんなことを考えながら歩くこと小1時間、ようやく風車のすぐ近くまでたどり着いた。風車の前には牧畜用の池があり、そのまわりでは、一組の男女が馬に乗っている。風車さえなければ、おそらく太古の昔からほとんど変わっていない風景だろうと思う。
★ジンギスカンとドンキホーテ その古代の風景のなかに突然現われた巨大な風車。以前、スペインのアンダルシア地方で見た同じような光景を思い出した。 あれは確か、コスタデルソルを南西に進み、ジブラルタルに向かっていたときだった。乾いた大地の中に突然、風力発電用の風車が目の前に現われたのだ。それも大量に。 その昔、風車に向かって戦いを挑んだドンキホーテを生んだスペインで見た近未来的な風景。空気の乾き具合といい、乾燥した赤土といい、モンゴルの大地がスペイン南部を思い出させる。 それはともかく、馬に乗っていた二人のうち、男性がわれわれのほうに近づいてきた。乗馬の誘いだった。料金は同じく、ひとり1時間50元。「今日は着いたばかりで疲れているので、たぶん明日」といって丁重に断わる。天気がよければ、ぜひトライしてみたい。 風車に近づいてみると、思っていた以上に巨大だ。あまりに大きすぎて、真下にいると、「フュッ、フュッ」というナイフを研ぐときの音に似た響きで恐怖感さえも覚える。 聞くと、この風車群は中国最大のものだという。こうしたクリーンなエネルギーによって、自然の生態系をあまり変えることなく、現代の恩恵がモンゴルにもたらされていることに素直に喜びを覚えた。 足もとの草花に目を向けてみると、おそらく高度の関係や水分の関係からであろう、わずか1時間足らずの間に実にいろいろな草花を見つけることができた。あににく花の名前はさっぱりなので、何が咲いているかはわからないが、ピンクや紫、青、黄色など色とりどりの花が咲き乱れている。 「なんだか、アグネス・チャンのひなげしの花を思い出すね」 私がそう言うと、M君が突然歌い出した。それも甲高い、裏声で… 「おっかのうーえ、ひなげしのはーながああ…」
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