ラサ。チベット語では「神の土地」。中国語では西蔵自治区・拉薩。現在安全上の問題により外国人は5人以上のパーティーを組み、旅行証を取得の上、旅行代理店主催のツアーに参加しなければ入区できない。
おかげで段取りが大変だった。日本国大使館や外事弁公室宛て安全確認の問題の他、成都の旅行代理店との電話やファックスによるツアーの手続き、段取りに時間をかなり割かれてしまった。
さて、そんな思いでやっと辿り着いたラサ。
第一印象は、とにかく青い、空が…。真っ青。濃紺だが、透明感があり透き通った青空は見れば見るほど青い。勿論こんな空は今まで見たことがない。また、2月だというのに日中はぽかぽかして暑いぐらいに太陽が近い。目の前に広がるヒマラヤ山脈、山々に囲まれた標高3600メートルのわずかな平地に暮らすチベット族達。今まで出遭ったことがない全てが特殊な環境下であっけにとられっぱなしの初日。
T)高山病
高山病である。中国語では「高山反応」と言ってた。我々4人のパーティ全員が初日から頭痛(激痛)、目眩、吐き気等の症状に襲われダウン。この日予定していた午後の予定は早々に断念。
各方面から聞いてはいたが、こんなに症状がひどいとは…。私の場合、空港に到着後、約半日経過した時点で、まず後頭部がずしりと重くなり始め、続いて前頭部がまさにアイアンクローでもされているかのようにキリキリと痛み出した。その後とてつもない眠気に襲われ夕方4時ごろベットに。7時ごろ目を覚ましたが症状はいっそうひどく頭はガンガン。ホテルが用意してくれる酸素袋も今のところ効果なし。それでも明日のためにと何とかホテルのレストランで軽い食事を取り、再び睡眠。浅い眠りを繰り返し、目を覚ますたびに症状の悪化が自分でもわかった。しかしやっとの思いでやって来たラサ、このまま倒れてなるものかと歯を食いしばりながら?睡眠を続ける。
明け方4時、目が覚めた時にやっと環境に適応しつつあることに気づく。幸い私の症状はまだましな方だったらしい。他の者はまる一日寝込んでいたし、吐き気をおそれ食事を制限する者もいた。2日目の夜も同じような(多少軽い)症状に襲われたが、期間中通して昼間の行動と食欲には影響が出ずに済んだ。
 高山病でダウン。鼻からは酸素チューブ、片手にはミネラルウォーターが欠かせない
U)農村で
ラサ郊外の農村を訪れた。農村といっても田畑に囲まれているというわけではなく、石山のふもとにある一軒家。チベット独特の民族衣装を着たおばあさんの案内で粘土造りの部屋々々に通される。その後をぼろぼろの服を着た子供達が珍しそうにぞろぞろとついて来る。(こっちも見学されている)彼らは全く中国語を解せず、ガイドの蘇さん(漢族)の簡単な通訳と我々のボディランゲージだけがコミュニケーションの手段。チベットの特徴なのか、実はこの家庭がちょっと裕福なのか、部屋の装飾はカラフルでなかなかきれいだ。昼でも真っ暗な部屋もあり、バターろうそくの明かりで生活している。
金色に光る仏像の前にダライラマ14世の写真があった。何処で入手したのかはわからないが、仏像と並ぶようにして大事に置いてある。蘇さん言わく、公安が来たら「まずい」らしい。ダライラマ13世までは既に仏として崇拝または信仰の対象としての地位にあるらしいが、14世に関しては今のところ全くのタブー。信仰が生活の中心を占めるチベットの人々にとって14世の不在は心にぽっかりと穴があいたようなものなんだろうか。
 チベット農家の人々
V)街の市場で
街のバザールを歩くと中国人とチベット人が混ざり合って露天を開いている。行き交う人々も漢族、チベット族様々。ここには思っていた以上に豊かな商品経済が存在しているようだ。流通通貨は無論、人民元。広東省製造のミネラルウォーターや浙江省産のお菓子等々、品揃えも豊富。ラサ市内は電気は完璧に通じており、道路、郵便、電話等のインフラも充実。(一歩郊外に出るとがらっと様子は変わるが)チベットの人々も中国がもたらした物質・文明経済のなかにある。問題は恩恵へのあやかり方であろう。漢族とチベット族の貧富の差は一目瞭然で、その差は今後も開いてゆきそうな雰囲気にある。外食店は圧倒的に中華(四川)料理が多いし、カラオケの店まである。もちろん利用者の大半は漢族で、その店に客の残した料理を目当てにチベット人の乞食がやって来たりする。人々の服装も携帯品も、そして住居も違う。商売上手な中国人とその文明の中で暮らすチベット族。東南アジアでの中華民族(華僑)VS現地民族の構図を思い出さずにはいられない光景であった。
W)ラサあれこれ
|
・ | <時差…。夜明けは午前8時頃、日没は午後8時半頃。明らかに北京時間とは明らかに1〜1.5時間程度の時差がある。
|
| ・ | 鳥葬の現場に…。チベットでは今でも人が亡くなると、肉体を自然に帰す方法として、死体を鳥に捧げる。葬儀は今は中国政府のお達しで外国人は目にすることができない。が、昔鳥葬をやっていたという現場に連れて行ってもらった。ラサ郊外の山を登ること約1時間、息も絶え絶えになりながら到着。石畳に数カ所穴が空いており、死体を解体してそこに詰め込むのだ。パーティーの一人が人骨を発見。お守りにするといって持ち帰ってしまった…。うーん。
|
| ・ | 撮影代…。チベット仏教のメッカであるポタラ宮殿はラサ最大の見所。部屋は約1000以上もあると言われている。さて、公開部屋の撮影代金は、一部屋カメラ500元(約7500円)、ビデオ1800元(約27,000円)。部屋は何十箇所もあり、料金は微妙に違うが大体この水準。いくら外貨獲得の最も手っ取り早い手段とはいえ、…。
|
| ・ | お布施と仏様…。信仰深いチベット族は各地からポタラ宮殿を始め、いろいろな寺院にお参りにやってくる。もちろん彼らは神聖な気持ちで一角(約1.5円)単位のお布施する。仏像の周りには彼らが布施た人民元が溢れている。が、実は外貨も仏像の周りに貼ってある。米ドルはもとより、ポンド、フラン、円、香港、台湾ドル、等々、ここではありとあらゆる国の紙幣にお目にかかれる。
当初最初撮影代のこともあり、あまりいい気分ではなかったが、各寺院を回り、修行僧とのコミュニケーションを重ねるにしたがい、そんなことも気にならなくなり、当初ただの物体だった仏像がだんだんと神々しく神聖なものに見えて来たのは不思議な体験であった。
|
| ・ | ここにいることの不思議…。文化も言葉も民族も違うここがどうして中国なんだろう?でも中国じゃなかったら我々は旅行者としてここにいることはそんなに簡単なことではないはずだ。チベットの経済・自然環境から見てここにインフラを敷くことはそう容易なことではあるまい。人口250万人のチベット自治区にあって漢族の占める割合は5%弱に過ぎないが、しかし彼らがもたらした文明のおかげで、我々は比較的容易にこの場所に来ることができるのだ。ここに旅行者としていること事態が実は大変なことだということに気づく。
|
 チベットの子供。 自分が映っているビデオムービーの画面を見て喜んでいるところ。
|