湖畔に一軒だけレストランがあり昼食をとる。出された食事は何だか異常に辛くて、あまり食べれなかったのだが、ここでウ
パールの村で買ったハミグアを切ってもらう。食べてみて驚いた。甘い。上海で食べるものとは比較にならない。これはまさしく
日本で食べるメロンと同じ味である。このハミグアを一度食べたら上海のハミグアなどはメロンの形をしたキュウリと呼びたくな
る。ハミグアの最もおいしい季節は10月だそうで、その頃には今よりいっそう甘くなるそうだ。是非一度食べてみたい。
どこから来たのか、食事を終わってレストランから出ると、露店が並んでいた。外国人が来たという情報を得て飛んできたのだ
ろう。露天商より同行のG氏(今回の旅行はG氏、H氏、私の3名である)がウイグルの民族帽子を買ったのだが、彼が出した1元
硬貨を露店商は受け取ろうとしない。以前より、上海では硬貨が溢れているが中西部ではめったにお目にかかれないと思っていた
が、西のはずれまでくると受け取りを拒否されてしまうのである。通貨の流通までも地域性があるとは。さすがに中国は広い。
景色はすばらしく、食べものもおいしいということでとても離れがたかったがやむ終えない。我々は帰路についた。
途中で、オランダの女性二人のヒッチハイカーを車に乗せた。カラクリ湖で3日滞在した後の帰路らしい。中国に入り既に1ヶ月
が経過し、さらに2ヶ月旅行するらしい。彼女達は、途中の人が住んでいるかどうかも定かではないような小さな村でおりた。今夜
はそこに泊まるそうだ。このような何とも元気な若者にはこの他にも旅行中何度も出会った。若者のみならず、日本人の年配者10
人くらいでパキスタンのイスラマバードを2週間かけて目指すという人々とも知り合った。パミール高原の高山病で倒れないかと心
配である。また、あるツアーに添乗するためこれから北京に行くという中国人ガイドに会ったのだが、そのツアーというの聞いて
驚いた。北京からイスタンブールまでバスで55日間をかけて行くのだそうだ。さらには、聞いた話だが、10日前にカシュガルの
町をロバに荷車を引かせて国境越えに旅立ったという日本人の25歳の青年である。昨日カラクリ湖に無事についたとのことだ。
我々は「暇な人もいるもんだね」などと言いつつも、飛行機を駆使して10日間で新彊全体を駆け巡る自分達には見つからない多
くのものを発見するであろう彼らをうらやましくも思えるのであった。
夜9時。カシュガル着。疲れた。振動のために「尻の皮がむけたのでは」と思うほど尻が痛む。とはいっても本日の行程は尻の皮
の一枚や二枚には十分値するすばらしいものであった。
食事の後、屋台にビールをのみに行く。つまみはシシカバブーだ。ここでガイドの趙さんと初めてゆっくり話をできた。当地で
の日本人感情を聞いてみたところ、日本人は欧米人等に比べ好かれているという。ドラマなどの文化が入っているし、電化製品や
車の力も大きいそうだ。それにこの地では日本軍の進軍がなかったということも大きいのであろう。会話をしていて一つ興味深
かったのは、趙さんは大変流暢に日本語を話すにもかかわらず(今回各地で同行してくれたガイドは全部で4人だが、4人中で最
もうまい)、「オッパイ」という言葉を知らなかったことだ(どういう会話の中でこの言葉が出たかは詮索しないで下さい)。
「オッパイ」という言葉は、「ママ」、「パパ」に並んで日本人が生まれてから3番目以内に使う言葉であろう。トルファンでの
ガイドは女性なので聞きそびれたのだが、興味を持った私は、敦煌でもガイドに「オッパイ」という言葉を知っているか尋ねたと
ころやはり聞いたことがないという。「こんな重要な言葉を教えないとは中国の大学における日本語教育は間違っている」と問題
提議をせにゃならんという気にもなったが、まあ考えてみれば、女性なので聞かないという私の姿勢もこの言葉を教えない大学の
方針もあまり変わるところはない。
部屋に帰ってからはまったく記憶がない。疲労のあまりシャワーも浴びずに眠ってしまった。
仲蔡毅起
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