我是大学生〜中医薬大学の教室より〜

☆五・一労働節スペシャル★
五一労働節には旅行に行くべからず、しかし黄山はすばらしい!
その2


もくじ
0、 はじめに
1、 服装見聞録
2、 登山vsロープウエイ
3、 登ったり、降りたり
4、 恋と鍵の蓮花峰
5、 1年間の閉山に追い込まれた悲劇の天都峰
6、 山の上の3星ホテル!
7、 ご来光・・・・
8、 そして下山。山を支える人々
9、 あーあ、公安のお世話になってしまいました
10、自然、環境、観光、そして黄山

続編もくじ(前編は<こちら>をご覧下さい)
(前半より続く)

 1979年7月に75歳のケ小平氏が黄山に登ったそうです。なるほど登山道にはケ小平氏が休息した地点や、滞在施設などが残されていて、いまでは観光スポットの一つになっています。しかし75歳で、自分の足で登山したとあったので、その脚力には驚かされます。確かに登山道はほぼ写真のように100%石畳で整備されていますが、(写真1)ところによっては厳しい区間もあり、後でも書きますが、滑落する人も少なくなく、去年も死者がでています。我がパーテイ12人は、全員30歳以下の学生なのに、日ごろの運動不足がたたってか、ふうふう言って登っていました・・・・。
 その険しさのためかこの山には恋愛にまつわる逸話が多く残されています。1日目に行った黄山の麓にある翡翠谷では、そのあたりの地区がまだ開発される前の1988年、上海の36人の男女が、一緒に黄山に登り、お互い励ましあいながらこの谷を困難の末に走破し、その中から10組のカップルが誕生し、今では別名「情人谷」と呼ばれています。(写真2)

(写真1)→ (写真2)→

1、服装見聞録

 私の行ったこの5月は気候も非常に温暖で、山歩きをすると暑いぐらいです。普通、服装はジャージや雨の降ったことを考えて防水性のウインドブレーカーでもあったら十分です。雨が非常に多い地方なので、小雨でも大雨にさえならなければ、ラッキーだ、というのが地元の人の話です。むしろ小雨ぐらいのほうが、足元は少し注意が必要ですが、水墨画で見るような神秘的な風景が見れてすばらしいそうです。私たちが行ったときは天気が良すぎて、逆に余りにはっきりと見えすぎていて興ざめものです。ここで興味深かったのが中国の人たちの服装です。革靴にネクタイを締めている人や、ミニスカートにハイヒールの”小姐”、いま上海ではみることのほとんど無くなった中山服を着て登っている人もいます。カバンもアタッシュケースから、ハンドバック、スーパーの袋までいろいろ。ふと山登りをしていることを忘れさせてくれるようないろとりどりの服装に目を奪われます。しかしハイヒールを履いていた小姐は、無事にたどり着いたのでしょうか・・・。
 ここには中国各地からきた地方のカラーが色濃く出ていて、思わず唸ってしまいます。ちなみに上海人は、その言葉でもすぐ分かりますが、なかなかカジュアルにまとめた若者が目を引きます。北方人は、その体格と言い、言葉と言い・・・・・、パワフルです。
 持ち物はなるべく軽くをモットーに、余計なものは持たないようにすると良いと思います。物売りたちは山頂ではモノが高い高いとはやし立てますが、実際そうであっても、べらぼうに高いわけでもなく、上海の物価になれている人ならそう違和感がないと思います。逆に大きな荷物で、風景を楽しむことすら出来なければもったいないので、ナップサックに入るほどの荷物で十分です。またひたすら続く階段でバランスを崩すと危険です。ちなみに荷物が持ちきれない人は、代わりに荷物を担いでくれる業者と交渉してみてもいいまもしれません。

2、登山道VSロープウエイ

 黄山には違ったルートにそれぞれ3本のロープウエイがあります。終日運転されているとこともあるそうで、これに乗ってしまうと、10分もかからないうちに山の上についてしまします。我々は雲谷寺まで宿の提供してくれたマイクロバスに乗り、そこから登山をはじめることにしました。この地点で既に標高890mあります。徒歩で行くのも、ロープウエイで行くのもスタートは同じ地点で、そのときの天候などでどちらを選ぶか決めることが出来ます。またロープウエイには予約制(指定席制)の外国人用のゴンドラもついていて、事前の予約と身分証明書の提示で乗ることが出来ます。
 しかし今回はどちらもすごい人。朝8:00に登山口に着きましたが、外国人用は昼以降まで満席、中国人用も長蛇の列。なによりもまず登山するために入山切符を買わなければなりません。これも長蛇の列で一苦労です。一般の人は80元+保険料、学生は学生証の提示で55元で買えます。結論から言えば、ロープウエイは明らかに面白くありません。せっかく黄山に着たのですから、ぜひ歩きましょう。標高は高いところでも1864mほどです。私たち貧乏学生の一行は当然歩きです。10分足らずのロープウエイの区間(雲谷ロープウエイ)を私たちは3時間かけて登りました。この区間はそう危険な区間はありません。ただひたすら階段を上るだけです。しかし麓の林を歩きつづけて、抜けたころからそろそろ黄山独特の姿をあらわしてきます。ロープウエイの終点”白鵞嶺”につくと、そこには休憩所があり、ロープウエイできた人とは、実質的にここからがスタートになります。
 休憩所ではカップラーメンなどに使うお湯を販売しています。1杯5元です。私たちはちょうどここでお昼としました。

3、登ったり、降りたり

 確かに人間は多かったのですが、ここまでくれば山の面積が広いことも有り、かなり人間は散らばります。しかし有名なスポットにくれば、相変わらずすごい人で、写真を撮るための行列が出現します。1800m前後の山の上にも関わらず、このあたりにはかなり立派な建物が散在しています。3星クラスのホテルだったり、研究機関の建物だったり、よくもまあこんなところに、と感心させられました。しばらくは嶺にそって登ったり降りたりを繰り返します。
 景色はますます険しくなります。テレビドラマ《紅楼夢》でゆかり深い「飛来石」は、遠くからでもそれとすぐ分かり、よくぞこの岩が落ちないものだと興味をそそられます。とにかくさまざまな岩の形が面白いです。海抜1860mにある、「光明頂」には黄山気象台が立てられており、その威容をあらわしています。そのすぐ下には、漢の時代の太守陳業が隠居したといわれる「天海」があり、いまはそこにホテルがたっています。
 そうしているうちに登山道自体がかなり厳しくなってきます。ふと下をのぞけば断崖絶壁というようなところもあれば、大きな岩をくりぬいたり、鎖を握ったり、人間が多い分だけ、後ろから押されないだろうかとか心配しながら、そろり、そろり、と足を進めていきます。

4、恋と鍵の蓮花峰

 華東地区随一の峰、また黄山の中でも一番高い海抜1864メートルあります。登山道は非常に厳しく、それこそ四つんばいになって階段を上りましたが、(写真3)ここからの眺めが最高でした。周りを遮るものが全く無く、あー、本当に黄山に来たんだ・・・、と実感させられるひとときを過ごすことが出来ました。頂上は非常に狭く、6畳ほどの広さしかありませんが、そのすこし下がったところに「同心鍵」で有名な場所があります。大きな石で作られた鍵のオブジェに鎖が巻かれており、(写真4)そこに無数の鍵がつけられています。これは夫婦やアベックがお互い鍵を持ち合い、鎖に鍵をかけます。そうして永遠の愛を誓い合うそうです。なにより私も実感しましたが、ここまで来るのが大変です。お互い助け合いながら、登ることにより、愛を確かめ合う・・・、うーん、なかなかです。とはいっても別にカップルに限ったわけでは有りません。家内安全を願う「全家福鎖」や子孫繁栄を願う「長命鎖」などさまざまな意味をこめられた鍵があり、黄山に行ったらぜひ訪れてほしいところです。もちろん安全にはくれぐれもお気をつけ下さい。(写真5)

(写真3)→
(写真4)→
(写真5)→

5、1年間の閉山に追い込まれた悲劇の天都峰

 先ほどの蓮花峰のすぐ向かいにそびえるのが天都峰で、標高1830m、しかし黄山のなかではもっとも険しく、ダイナミックで、ここを行かなければ黄山に行ったことにならない、と言われるほど有名な峰です。上海人の友達から「高所恐怖症ならくれぐれも行かないように・・。」と言われていましたので、逆に胸を躍らせて、期待していたのですが、残念ながら今年の春から1年間に渡って閉山されています。最近おこった天津南開大学の学生の転落死事故など数々の悲劇がここで起こっている上の処置で、主に登山道の改修工事を行うそうです。また1972年12月8日には心無い登山者のタバコの火の不始末によりこの山で山火事が発生し、14時間にも渡って燃えつづけたそうです。
そのために山全体が焼けてしまい、人命の犠牲、植物が被害をうけたようです。いまでこそ岩肌が目立つこの天都峰ですが、もともとは緑が茂った豊かな山だったそうです。
 我々も、この山を目の前にしながら、登山は出来ませんでした。ただまたこの黄山に来たとき、今度はぜひ登ってやるぞ、と決心して登山口を後にしたのでした。(写真6)

(写真6)→

6、山の上の3星ホテル

 2日の夜は、山上で前もって予約しておいた、3星の「玉屏楼賓館」に宿泊します。ここに来て初めて「ホテル」と名のつくところに休めました。もちろん12人もいるわけですから、そう簡単に事は進みません。お金も限りがあるので、ツイン1泊900元なんて出せるものではありません。そこでホテル側と交渉して1つのベットに二人寝る形で1部屋4人とし、3部屋で12人を収めました。この時期はホテルはどこも一杯で、当日ではとても宿泊できません。その夜は多くの登山客がロビーで休んでいました。部屋が確保できただけでもよしとしなくてはなりません。
 しかしこのホテルはさすがに山の上とは言え、立派です。旅客が多いので、シャワーのお湯の供給がつかず、シャワーを使えたのは朝の4:00からでしたが・・・・。それでもお湯が出るだけでも満足です。その夜はモノは試しということで、疲れた足を薬草湯に浸す「泡脚」をしに行ってきました。私たちの専攻の中医薬の分野なので、質問攻めに会った小姐は困ってましたが、しかし良い気持ちでした。
 食事も山上のレストランで、1人35元でお腹一杯食べることが出来ました。山菜料理が中心ですが、7皿のおかずに1皿のスープにご飯。これはふもとより良いぞ、とか思いながら、標高1800m以上高さののレストランで中華料理に舌鼓を打つのでした。

7、ご来光・・・・

 翌朝、4:00に目を覚まし、念願の温水シャワーを浴びた後、すばらしい天気の中、中国での生まれてはじめてのご来光を見に、前日いった蓮花峰まで行ってきました。気温は結構冷えますが、ホテルに申し出ておけば防寒着を貸し出してくれます。  いままで何かと言えば、黄山にいても人間の雑踏にモミクシャにされていたような今回の登山ですが、ここに来て初めて「神秘」という実感を味わうことが出来ました。
 とにかく、辺りは本当に静かです。遠くに鳥の「ホー。ホー。」という鳴き声を微かに耳にする以外に、耳に入ってくる音は有りません。
 東側の天都峰の端が明らんできたかと思うと、雲全体があかね色に染まり、少し遠慮深げに太陽が顔をのぞかせたのでした。
 この日、薄雲がありましたが、逆に太陽の光を美しく反射し、良い感じを醸し出していました。(写真7)日の出は5:28でした。

(写真7)→

8、そして下山。山を支える人々

 朝、8:00にはホテルの近くの休憩所はもう人で一杯です。食堂では10元で朝食の提供がありました。5元でパンも買うことができます。重い思いをして食品を持って行く心配はほとんどありません。しかし登山をしているとすれ違う物持ちのおじさんたちの存在を忘れることは出来ません。私はロープウエイがあるのだから、あの豪華な設備のホテルの備品はすべてそれを使っているように思ったのですが、実は野菜にしろ、シーツにしろ、油にしろ、お米にしろ、トイレットペーパにしろ、飲み物にしろ、じつはこうやって人力で運ばれているではありませんか。(写真8)おもわずありがとうと言いたくなってしまします。  山も極めて清潔に保たれています。いたるところにゴミ箱があり、それを整理する係員が待機しています。夕暮れ時にもなれば極めて軽い足取りで、ゴミ箱に入っているゴミを回収してまわります。中国の観光地はともすればゴミに埋もれがちな印象がなきにしもあらずですが、ここ黄山に関して言えばそんなこと有りません。
 下りは9:00に宿を出発し同じように今度は玉屏ロープウエイのそばの登山道を歩いて降りました。所要時間は3:00ほどです。最後の慈光園がゴールとなります。最後の最後で小雨に遭いましたが、天気も至って順調で、12人無事に麓に着いて本当に良かったです。ところが、ここから麓のバス乗り場までいくシャトルバスをつかまえるのが少し大変でした・・・。

(写真8)→

  9、あーあ、公安のお世話になってしまいました

 みんな歩きつかれて、ほかの中国の人もくたくたになっているのは明らかなのですが、肝心の麓まで降りるバスがなかなか来ません。じつはこのシャトルバス、おなじみの満員になったら出発パターンで、なかなかバスが回ってこないのでした。麓までくねくね道を下るため、ここはぜひとも席を確保したいところ、そこで1台遅らせて、並ぶことにしました。待つこと15分、バスのドアが今にも開こうかというときに、中国のおそらく北方人なまりの団体が、並んでいる私たちのグループの先頭に割り込もうとします。向こうも大人数です。こちらはいくらなんでも譲るわけには行きません。おなじみ「ここは中国だ、割り込むのは自由だ。」の相手側グループの一言から、口論になり、そのすきに野次馬と思われるおなじ中国人のツアーグループの一人が登山用の杖で殴りこみ、同学の一人にあたると、見事折れてしまいました。そのあとウワーと混乱状態になりなり、その殴りこんだ人はたまたま後ろで見ていた公安により取り押さえられ、そのまま連れて行かれました。不幸なことにこちらには外国人である日本人やアメリカ籍やオーストラリア籍の華人、などがいたため、おなじみのお目こぼしと言うわけに行かなかったようです。そのあと、この地区を管理する安徽省の人がやってきて、深深とお詫びをいれました。「この連休中は、外地人が沢山流れ込んできているため、マナーの悪さによる問題が発生し、申し訳ございません。」いま私たちは安徽省にいますが、どこか上海にいたときに聞いたような台詞を聞いて、興味深く感じました。なるほど、どこにいても外から来た者は悪者にされやすいのだ・・・・・、と。この時期、何をしていなくてもトラブルに巻き込まれる可能性は極めて高いです。とにかく集団で行動するときは個人で行動するとき以上に気をつけてください。
 バスは小さなバスなのに立ち席も出るぐらい詰め込まれました。するとふもとの検問で公安にまた引っかかったとおもったら、運転手は素直に罰金をはらい、なんの取り調べも無く素直に領収書を受け取っていました。ここでは罰金が通行料のようになっているらしい・・・・・。しかしブレーキがつぶれたら谷へまっさかさま。お願いだからもう少しゆっくり走ってください、と祈らんばかりでした。
 そのあと再びバスで屯渓にもどると、タクシーで郊外の飛行場まで、その日の夜10:00には上海へ戻りました。帰りの飛行機は上昇したかと思うと、すぐに降下、着陸し、行きの鉄道の12時間は何だったのかと思わせるほど、 この飛行機の30分は本当に短かったです。

10、自然、環境、観光、そして黄山

 実のところ、私の今回の旅は、中国の初登山ということでかなりの覚悟をして行きました。いろいろな経験者の話しを聞いても、みんなそれなりに苦い経験をしているようで、ひどい人では、予約していたホテルの部屋がなかったりして大変な思いをしたようですが、お蔭様でとくに問題がなく、よかったと思います。これだけの多くの中国人が連休を楽しみ、自然と親しんでいることは本当にすばらしいことだと思います。中国の人たちが背広を着て山に登るのも、ひょっとして数少ない旅行にすばらしい思い出と、写真を残すために着飾っているのではないかと自分なりに結論をだしました。ここ数年の改革解放いらい、上海ではすっかり旅行ブームとなり、今年の連休はその典型ではなかったのではないでしょうか?もちろん黄山の観光開発も手放しで喜べるわけではありません。開発にともなう崩壊のリスクは、日本であるようにここ黄山でも見うけられます。だからといって安易に環境保護を訴えるよりも、ここでは多くの人々に自然を満喫してもらうほうが、有効な手段なのではないのかと思います。それがもっと広い意味で中国の人全体の環境保護への意識の高まりに繋がったらいいなと期待しています。
 今回もまた自分の国と文化も言葉も違う人たちと旅行することができました。お互い充実した時間が過ごせたことは嬉しい限りです。

(2000年4月28日〜5月1日黄山旅行記・完)

(山之内 淳)


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