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| ゴジラママからの手紙(上海子育て奮闘記) |
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はあー(ため息)。今日は友人の誘いで虹橋の端に建設された住宅を見に行ったんですが、素敵でしたね。でも、家賃には手が出ない。こういうモノ見てしまうと自分のうちがひどくみすぼらしく見えてしまっていやですね、日本の我が家よりはずっと広くて良い家具を入れてもらっているのに…。日本にいると、お金をかけたうちとそれほどでもないうちと、そんなに大きい差は感じられないと思うのですが、ここにいるとなんか貧富の差って言うか、まあそれは会社が払うか払わないか、って言う問題なんだけど(断っておきますが払わないから貧乏ってわけじゃない、それなりに上海の状況と日本の状況を分析しているむしろしっかりした会社、とも言えますね)、そういうものの差って大きいですよね。あー悪いものを見てしまいました。 さて前回もお話したとおり、ゴジラはこの5年間で5回の引越しを経験しております。理由は簡単で、予算が限られているのと、常に不満を抱えていること、ですね。まあ上を見ればきりがないし、それぞれに良いところはあるんだけれども…。一番大きい原因はゴジラが自分の生活形態をしっかり見極めずに家を決めてしまうところに在るんでしょうね。今回はゴジラが過去住んだ家について少し解説させていただこうと思います。あ、申し訳ないんですが具体的なマンション名は避けます、現在住んでおられる方がいらっしゃると、ごめいわくかもしれませんので。
ゴジラ一家の一軒目…古北新地内の某マンション。家賃の予算は3000ドル以下で安ければ安い程よい。と、言う話をすると私たちが頼った不動産やさんの話によればもう古北しかないとのこと(古北、って言っても現在の規模は現在の半分以下)。なかでも4件ぐらいでした、予算があうのは。で、その中でまあまあ許せる、というところに決定。 ゴジラ一家の二軒目…徐家huiのとある高層マンション。当時古北では朝9時前と雨の日の終日はほとんどタクシーがつかまらないという状況があったので(想像できないでしょ)、比較的交通の便の良いこちらに引っ越し。同じマンションに友人がいて、特に大きな問題がない、と言っていた事も良かった。外見はエレガンスとはほどとおく、家具も安物だったし、そういう点では不満だらけでしたが、今から振り返っても特にマンション自体に大きな問題はなかった(それは当時としては珍しいマンションといえましょう)。家賃を少し上乗せして台所を改造して、狭いけれどまあまあ使いやすいようにしました。しかし建設ラッシュと交通の密集が災いしてかゴジラが原因不明の鼻炎を発病、友人たちが去っていったこともあって、引越しを決意。 ゴジラ一家の三軒目…華東師範大学の北側に位置するとあるマンション。とてもきれいで管理も行き届いていたのですが惜しむらくは立地。周囲に外国人の居住マンションがないため、そのためのスーパーとか、レストランとか、そういったモノがなかった。ローカルのスーパーは数も多いし、すごく充実していてモノも安い。自由市場の大きいのもあったしね。でもゴジラはまだ主婦歴3年でしかも落ちこぼれ主婦。ローカルのものをうまく使いこなして料理をするなんてとても…。やっぱり肉のスライスやら、海の魚(内臓処理済)とか、うどんとか必要なんですよ。それに旅行から帰ったりしたとき、お弁当の配達がなかったり、気軽にはいれるレストランがないのは不便。で、結局マンション自体にも外国人が集まらず(5棟あったけどそのうちの一棟にはゴジラ一家しかいなかったマンションよ、マンション)、ゴジラ一家再度引越しを決意。 ゴジラ一家の四軒目…虹梅路に位置する某ヴイラタイプ住居。緑も多く、建物が低いし良い感じなんだけど、虫には悩まされました。ありとナメクジと名前の分からないげじげじ虫(アイさんが言うには「八脚虫」というとか。辞書でしらべると中国語でYOUYAN(英語でhouse centipade、あーオソロシや)という虫。もうこれがちょっとやそっとのかずじゃない。夏なんか虫の死体をよけて歩くのが大変でした。で、ちょうどミニラが生まれ、子供なれしていないゴジラは階段のある家で、おまけに虫がたくさん住むうちで子育てすることに恐れをなし、またまた引越しを考え始めました。ちょうどヴイラタイプのところに泥棒が多発しているニュースを聞いたこともあって病的な恐がりのゴジラは決心したのです。 〜五軒目については次号に続く〜
(玉乃 わいん)
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